サブカルチャーエンジニアリング

 ファンであるアーティストのライブを観に行ったり、それらのグッズを購入したりするということは、おそらく高校二年生ほどまでは、非常に大きな愉しみのひとつであったのだが、大学生になったとたんに、悲しいかな、それらが急に陳腐なもののように思えるようになってしまった。感受性は絶え間なく流動的に変化して行くから、ましてや大学というあまりに雑多な環境のなかで、高校生のときの、音楽に対して正直に向き合うことのできる純粋さを保っていられることは難しい。
当時はライブハウスの物販の目の端に存在していた、いささかの恐さを含んだ中性マッシュヘアー群像は、今では最も軽蔑すべき対象になっていた。ライブやフェスにおいてもあくまで形式的なサブカルファッションを第一義とし、いわゆる“ウェイウェイコミュニケーション”と呼ばれる大学生的なノリとその集団心理によっておそらく誰も気にしないであろう周りの体面を保ちつつ、同時に自らの薄っぺらな存在意義をそうして見出そうとする、ファッション感覚でロゴやアイコン化された名前を意味も知らずに使いまわすだけような流行り廃りな交わりである。
 とはいえ、そういった集団を厭い、あくまで一人であることを嗜みとする、しかしイヤホンと再生装置がなければ精神不調に陥るような愚者の、放送室をジャックしておそらく誰も聴かないような激情系ハードコアを全校に流したいという馬鹿馬鹿しい妄想も、実は極めて自慰的で愚かな行為であった。キャンパスライブの転換中にむなしく流れるジェント的デスメタル系ハードコアがなぜだか胸にしみて、そんなことが頭に浮かんだ。

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