誰しもが皆そうであるように

 とある棟の人々の往来が特に激しい入口前の横に隣接している、性質上およそもっともふさわしくない位置にある中規模の喫煙室の中でくすぶる白濁のとぐろのうねりの間隙から、ちらと見える金髪の猿達の脂下がったような顔が、まるで高校のトイレの中で行われる密やかな行為の、その痛々しいほどに愚かな欲求を未だに抱えている青臭さを同時に吐いていた。
 
 ――おまえ、煙草吸ったことあるか
 
 当時中学生であった私の前に現れたヤンキーは、今思えばただの勘違いをした高校生の徒党の一味であった。
 
 ――ないです
 ――これから吸おうと思ってる?
 ――いや、吸わないです
 
 私がそう言うと、染髪のヤンキーはしたり顔をして言うのだった。
 
 ――そういう奴こそ真っ先に吸い始めんだよな
 
 そのとき、私は恐ろしくドキリとした。まるで断定した言葉遣いに気持ち悪さを覚えた。加えて彼のその経験則は、表面的なイメージのみに偏った本質的な無知をまんまと暴き出してしまった。しかし、まだ私は煙草を吸っていない。というより、まだ未成年であるから、吸おうとも思っていない。働くことさえ倦厭となった学生の瑣末な収入源のおよそ少なくない多くを賭してまで嗜めるものではなかったし、今尚も私の中にかすかに存する痛々しいほど愚かなその真の欲求の言いなりになって手を出すのは、もう御免だ。

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誰しもが皆そうであるように」への1件のフィードバック

  1. ピンバック: Nojikasというバンドについて – 教室Iの一隅

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