音楽のない街 月録 : 2016-07


●変哲のない街路
火星に住む宇宙人のジェームズからメールが届いていた。水素分子の超振動による超長距離拡声ミドルC波を地球上のこのスポット向かってに直接照射するらしい。かなりタイムラグが生じるため、このメールを送信する数日前にすでにC音は発射しているから、もしその付近でミドルC音が聞こえたら連絡をくれ、という内容であった。私は半信半疑で耳を澄ましてみるが、そもそもミドルC音というのがどのような音か判らないし、その音が人間の可聴周波数帯域に合っているのかもわからないものだったから、「たぶん心の耳で聞けば聴こえる気がするよ、ちょっと人間の耳にはスパイスが効きすぎだけどね」という風に曖昧な返事をして適当にあしらった。もっとも、その音がすぐ傍にまで来ていたとしても、蝉の鳴き声に掻かれて、きこえはしなかったのだ。夏はただひどくうるさい――

●(宇宙から見た人間が見る)天井
そのどこを見渡してもただ青く広がった天井の、そのむこう側の涯なき真空のなかで、惑星たちによる大きな音楽が奏でられているかもしれない。それはちっともおかしな話しではない気がした。
 もう一つ目の学期が終了したのか、真昼から帰途を埋める小学生の列をぼんやりと横目で見ながら、いささか焦燥の色合いを拭えない頭のなかで、「いよいよ夏がはじまるのだナア、今年はなにしようかナア」などととりとめもない雑念に耽っていると、急になんとなく寂しくなって、――どうして夏というやつはこんなにも鬱陶しいのに、なぜだが感傷的な気持ちににさせてしまうのだ――青天井に思い切り息を吐いてやると、ふと視界の端に制服の少女がいたことに気づいて、それこそ小学生のような挙動だな、と少し恥ずかしくなって、所在なさげに自転車を漕ぎはじめる。
どうしようもない、とりとめもない感情が幾重にも連なって、やがて行き着く先はただ一つ、虚無である。――そんな時、ふと風の便りにまかせて君に会いに行きたくなる。 あるいは「運命」なんて便利なものでぼんやりしてみたくもなる。それはレットイットビーを唄うビートルズの皮肉のようなものではなくて、ドックオブベイのような一種の清々しさを孕んだどうしようもない諦観のようなものだ。それはかつてオーティスレディングが見ただろうなんでもない海の青さと、ちょうどそんな感じのある夏の日のようなものである。

●変哲な帰路
(未来に起こりうる全ての出来事が「運命」として決められているのならば、人間が歩む道のりは標識や岐路のない――つまり選択肢など存在しない――平らかな道であるのだろうか。自らの行動や選択はすべて運命が決定してくれるのだから、我々はあらゆる問題に難儀になることはない。けれども、もしその便利な運命に身を任せたその先が、思わぬ災禍や取りかえしのつかない結末であったとしてしまったら、それでもいっさいは運命というかたちに集束され、美化されてしまうのだろうか。運命という言葉が持つ利便性をいま一度疑うべきだ。あらゆる困難や悲劇――そして彼らが最期に仰いだ空の色さえも、まるごと綺麗さっぱりに美しく変えてしまうような、そんな馬鹿げた言葉なんて…………。)

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